2008年2月17日日曜日

23.爪を切る女の絵  

(2.幼稚園のころ)

 1950年(昭和25年)頃家の三階に昇る階段は、引き出しのついた
いわゆる箱階段で、左側にいくつかの取っ手があり、それらを引き出すと、
中に卒業証書やコタツなどが入っていたような気がします。
一つの引き出しには、2本の太刀と、仕込み杖が入っていました。
誰かが戦時中の金属供出運動にもかかわらず、隠しておいたのでしょう。
仕込み杖は長さ60-70センチ位なので、脇差かもしれませんが、
木の鞘(さや)を引くと、40センチ位の刀が出てきてびっくりしました。

その階段の上の正面の壁に50センチ位の丸い額が掛けてあり、
中央に四角い絵がありました。
その絵は長い髪の女が縁側にこちらを向いて座り、左足は縁側から
下ろし、右足を曲げて、鋏で爪を切っている絵でした。
三階へ昇るたびに、その絵がなにか幽霊が座っているように見え、
幼稚園から小学低学年の頃は怖くてしかたがありませんでした。

多分幼稚園の頃、母がお隣の同級生の女の子Mちゃんの家から、
鈴木三重吉の「赤い鳥」の絵本数冊を借りてくれ、三階の上がった所の
板の間で読んでいた記憶があります。
あの「赤い鳥小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた」の歌が載っていました。
三階に上がって左の部屋は、父が生きていた1945年頃までは父の
写真の暗室だったと母に聞きましたが、私の記憶にはなく、
物心がついた頃はその部屋は納戸(物置)になっていました。
上がって右は4畳の小さい部屋2つで、小学高学年から、
弟と私のそれぞれの勉強部屋にしてもらいました。
その頃にはもうその絵は怖くなくなっていました。
またいつの間にかその絵は外され、中学生位のころ、隣の
Mちゃんが三階に遊びに来た時はすでになかったと思います。

(蛇足:階段の反対側は10畳位の客間でしたが、のちに母から
 1938年2月22日の父と結婚式の場所だったと聞きました)