(7.大学時代)
中学の合唱団オーディションに落ちたうらみがあったので、大学に大学に入学するや、直ちに男声合唱団に入団しました。(オーディションなしだったので入団はOKでした)練習場所は、当時中ノ島にあった医学部の階段教室でした。
我々の合唱団はドイツの歌が中心でレパートリーは「青きドナウ」やシューベルト歌曲、ドイツ民謡などでした。日本の男声合唱曲もありました。
入団してまもなく7月ごろ、なぜか山梨県に演奏旅行がありました。
今まで、演奏旅行などに行ったことがないので、緊張しましたが楽しかったです。
たしか1日目は富士宮市公民館、2日目は甲府第二高校でした。
同期は10人くらいでしたが総勢60人位の男声合唱ですから、迫力はありました。
歌がうまかったかどうかはわかりませんが、声だけは大きかったでしょう。
私のパートは当時はバス(一番低い音域のパート)でした。
高校の廊下で女生徒達にすれ違うと礼をしてくれて、面映かった記憶があります。
地方の土地土地でのライブで歌うプロ歌手の生活の一端もこのようなものかななど想像できました。演奏会終了後本栖湖などで遊んだのも思い出です。
その後、民間テレビ局のスタジオで演奏し放映されたこともあります。
40年以上経って、退職後、その男声合唱団のOBの合唱団に再入団させてもらい、なつかしい仲間に再会でき、演奏会などに出演できたのもラッキーでした。
男声合唱で第一テナー、第二テナー、バリトン、バスの4パートがピシッと合って、ハーモニーが取れた時の気持ちのよさは格別です。
自分たちが楽器になり、ホールの空気が共鳴してくれるのです。
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