(2.幼稚園のころ)
私の幼稚園のころはたしか1年保育だけでした。
多分昭和21年春からでしょうが、町にひとつしかない幼稚園に行き始めましたが、好きな女の子が退園してしまったためか(?)、途中でやめてしまいました。
幼稚園の庭に回転木馬(椅子以外は鉄製の)があり、よくそれで遊んでいたのを覚えています。
そのころは牛若丸や花咲じじいの絵本を買ってもらい読んでいましたが、かな文字は小学校入学前に覚えていたようです。(今では当たり前でしょうが)
その頃かおもちゃのトラックを買ってと町のおもちゃ屋さんの前で泣いて動かなくなり母を困らせたと後に聞きました。
大体物にこだわり、一旦欲しいと思うと頑固に欲しがる方で、周囲を困らせていたようです。
裏の庭に広い物干し場があり、そこで疎開していた従姉妹たちや従兄弟たちとよく遊び、また兄弟や近所の男の子たちとは戦争ごっこで近所の里山に木の枝などで陣地を作り、大方外で遊んでいました。
また父親がいなくても祖父が大きな鯉のぼりを立ててくれました。畑仕事を手伝ってくれていた近所のおじさんと祖父が山の杉の木(10メートル以上)を切出して、鯉のぼりの棹として裏庭に立て、大きな鯉のぼりを上げてくれました。よくおろした鯉のぼりの中に潜って遊びました。
またそのおじさんは裏庭の鶏小屋から一羽をだして食料用につぶしてくれました。見ていてあまり気持ちの良いものではなかったですが。
(当時の蔵と物干し場)
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